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東京高等裁判所 昭和29年(ネ)374号 判決

第一審原告 有限会社浅間建材社

第一審被告 楠本進 外四名

主文

第一審原告の控訴並びに第一審被告楠本進、同寄田則隆の控訴はいずれもこれを棄却する。

原判決中第一審被告阿部泰典、同野崎容子に関する部分を取り消す。

第一審原告の右第一審被告らに対する。請求を棄却する。

訴訟費用中、第一審原告と第一審被告東京都との間に生じた控訴費用は第一審原告の負担とし、第一審被告楠本進同寄田則隆と第一審原告との間に生じた控訴費用は、それぞれ右第一審被告らの負担とし、第一審原告と第一審被告阿部泰典、同野崎容子との間に生じた訴訟費用は第一、二審共第一審原告の負担とする。

事実

第一審原告訴訟代理人は、「原判決中第一審被告東京都に関する部分を取り消す。第一審被告東京都は第一審原告に対し別紙物件目録〈省略〉(四)記載の土地につき東京法務局田無出張所受付第四四四四号をもつてなした所有権取得登記の抹消登記手続をなしかつ右土地を引き渡せ。訴訟費用は第一、二審共第一審被告東京都の負担とする。」との判決並びに土地引渡の部分につき仮執行の宣言を求め、第一審被告楠本進、同阿部泰典、同野崎容子、同寄田則隆の各控訴に対し「右各控訴を棄却する。」との判決を求め、第一審被告東京都指定代理人は、「第一審原告の控訴を棄却する。」との判決を求め、第一審被告楠本進、同阿部泰典、同野崎容子、同寄田則隆各訴訟代理人は、それぞれ、「原判決中右第一審被告に関する部分を取り消す。第一審原告の右第一審被告に対する請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共第一審原告の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実並びに法律上の主張は次のとおりである。

第一第一審原告の主張

(一)  訴外武蔵野税務署長は、昭和二十六年三月二十六日国税徴収法の規定に基き第一審原告の所有にかかる別紙物件目録(一)(二)(三)記載の土地建物(但し(二)(三)の建物は当時未だ分割せられず、一筆の建物であつた。)を公売に付し、第一審被告楠本進は、他の公売に付せられた動産と共にこれを代金六十六万円で落札してその所有権を取得し、同署長は、不動産登記法第二十九条により同年四月九日附をもつて所轄東京法務局田無出張所に対し公売処分による所有権移転の登記の嘱託をなし、(一)の土地については同出張所同日受付第一〇六五号をもつて、また(二)(三)の建物については同出張所同日受付第一〇六六号をもつて、第一審被告楠本進のためそれぞれ所有権取得登記がなされた。

第一審原告は、右公売処分を不服とし、同年四月十九日同署長に対し再調査の請求をなしたところ、同署長は、これを容れ、同年五月七日右公売処分を取り消し、該取消決定は、同月九日第一審被告楠本進に送達せられた。

(二)  かような次第であつて、右(一)(二)(三)の土地建物についてなされた公売処分は右取消処分により初めより無効なものとなり、従つて第一審原告は右公売処分により右土地建物の所有権を失うことなきとともに第一審被告楠本進はこれが所有権を取得するに由なく、同第一審被告のためなされた前記所有権取得登記は登記原因をかく無効の登記であつて、同第一審被告はこれが抹消をなすべき義務あるものである。

(三)  しかるに、

(イ)  第一審被告楠本進は、同年五月十九日第一審被告阿部泰典に対し右(一)の土地を譲渡したりとして前記田無出張所同年五月二十一日受付第一五一八号をもつてその旨の所有権移転登記をなし、また同出張所同月二十三日受付をもつて当時一筆の建物であつた右(二)(三)の建物を分割して(二)(三)の二筆の建物となし、(三)の建物を登記第五九四号に移し、(二)の建物につき分割による変更登記(表題部四番の登記)をなした上、同日右(三)の建物を第一審被告阿部泰典に譲渡したりとして同出張所同日受付第一五五八号をもつてその旨の所有権移転登記をなし、

(ロ)  第一審被告阿部泰典は、同年七月三十日右(一)の土地中別紙物件目録(四)及び(七)記載の部分を第一審被告野崎容子に譲渡し、同月三十一日前記田無出張所受付第二八四〇号をもつて右(一)の土地を右(四)の一筆及び別紙物件目録(六)記載の三筆、合計四筆に分割し、(右(七)の土地は右(六)の土地の一筆である。)(六)の三筆については登記第四八二九号ないし第四八三一号に移してそれぞれ所要の転写を了し、(四)の土地については右分割による変更登記をなした上、同出張所同年八月一日受付第二八五七号をもつて右(四)及び(七)の土地につき第一審被告野崎容子のため所有権移転登記をなし、また同年八月一日前記(三)の建物を第一審被告野崎容子に譲渡し、同出張所同日受付第二八五九号をもつてその旨の所有権移転登記をなし、

(ハ)  第一審被告野崎容子は、同年十二月二十一日第一審被告東京都に対し右(四)の土地を譲渡し、同出張所同年同月二十二日受付第四四四四号をもつてその旨の所有権移転登記をなした。

(四)  しかしながら、第一審被告楠本進と第一審被告阿部泰典との間になされた右土地建物の譲渡契約は当事者相通じてなした虚偽仮装のものであつて無効であるのみならず、第一審被告楠本進は右土地建物の所有者でないのであるから、第一審被告阿部泰典は第一審被告楠本進との間の右譲渡契約により右土地建物の所有権を取得するに由なく、従つて第一審被告野崎容子、同東京都もまた所有権を取得しないので、前記分割による登記並びに所有権移転登記は、いずれも所有権者でない者のなしたものであるか、または登記原因をかくものであつて、無効の登記であるといわなければならぬ。よつて第一審原告は、ここに所有権に基き、第一審被告楠本進、同阿部泰典、同野崎容子、同東京都に対し、それぞれ請求の趣旨のとおり、その関係登記の抹消登記手続をなすべきことを求める。

(五)  次に第一審被告楠本進は、別紙物件目録(一)記載の土地並びに(二)(三)記載の建物を、第一審被告東京都は、同(四)記載の土地を、第一審被告寄田則隆は、右(二)記載の建物の一部である同(五)記載の建物を、いずれも第一審原告に対抗しうべき正当の権原なくして占有している。よつて第一審原告は、これら第一審被告に対し、所有権に基き、それぞれその占有にかかる土地または建物の引渡を求める。

(六)  なお、第一審原告は、原審において第一審被告野崎容子に対し別紙物件目録(三)記載の建物の引渡を求め勝訴の判決を得たものであるが、その後右建物は既に取り毀たれ同第一審被告はこれを占有していない事実が判明したので、当審においては右請求を減縮してこれを求めない。しかし第一審原告は、右建物につき所有者としてこれが滅失登記をなすべき義務を負うをもつて、関係第一審被告らに対し右建物につきなされた前記各登記の抹消登記手続を求める請求はこれを維持する。

(七)  本件公売処分の取消処分が公売の執行前談合のあつたことを取消の理由としていることは事実であるが、右取消処分は第一審原告の再調査の請求に基き武蔵野税務署長がその権限の行使としてなした単純なるものであつて、右取消処分に理由を附することは必ずしも必要でなく、また談合の事実は右取消処分の条件でも附款でもないのであるから、右談合の事実がないからといつて今さら右取消処分が当然無効となるべき理なく、第一審原告は、右取消処分によりさきになされた公売処分は既往にさかのぼつてその処分なかりしと同じ状態となり、公売物件の所有権は第一審原告に復帰ないし復元したと主張するに止まり、右公売処分の無効を主張する者でもなく、また談合の事実があつたと主張する者でもない。その他第一審被告らが右取消処分の無効理由として主張するところは、その事実上の主張はすべて否認し、法律上の主張はすべて反対する。

(八)  およそ行政行為の取消は既往にさかのぼつてその行為がなかつたのと同様の状態に復せしめる行為であつて、取消の効果は絶対的に行政行為の時に遡及するものである。そして公売処分の取消処分は、行政処分たる公売処分を取り消す行政処分であるから、その取消は絶対的に遡及効を有し、取消の事実をもつて善意の第三者に対抗しうることはもちろん、取消による物権の変動につき登記をなさない時でも、その効力を登記上利害関係を有する第三者に対抗するに妨げないものというべきである。もし第一審被告らの主張するように、登記がなければ本件取消処分の効果を第一審被告らに対抗することができないとするならば、現行不動産登記法上落札人である第一審被告楠本進が任意本件公売物件についてなされた公売処分による所有権取得登記を抹消しない限り、第一審原告は裁判上これを訴求するより外方法なく、しかもその間同第一審被告が本件公売物件の所有権を他に転々してもこれを阻止する手段もないのであるから、取消処分の実効をおさめることは事実上不可能であるというべく、第一審被告らの所論は到底承服することができぬ。

仮に百歩を譲つて第一審被告らの右所論を正しいものとしても、第一審原告は、本件取消処分の効果を第一審被告楠本進に対抗しうることは当然許されるところというべく、しかして国税徴収法による公売処分により買受人が公売物件の所有権を取得するのは、原始取得ではなく滞納者からその所有権の移転を受ける承継取得であるのであるから、第一審被告楠本進から同阿部泰典、同野崎容子、同東京都の順に順次本件公売物件の所有権の移転を受けた右各第一審被告は、同楠本進の承継人とし当然本件取消処分の効果を対抗せらるべく、この理由で第一審原告の本訴請求に応じなければならない。

もしそれ右各第一審被告がこれにより損害を被つたとするならば、順次その各前者に対しその賠償を請求すべきである。

(九)  武蔵野税務署は、本件公売処分の取消処分後、第一審被告楠本進に対し、公売代金六十六万円を還付しようとしたが、受領しないのでこれを供託したところ、右供託金債権は、第一審原告の同第一審被告に対する別訴損害賠償請求事件の確定判決に基く強制執行により第一審原告に転付せられたので、同第一審被告は最早右公売代金の返還を受けていないとはいえない筋合である。

(十)  第一審被告楠本進、同阿部泰典主張の(四)の抗弁は、当審において初めて提出せられたものであつて、時機におくれたものであるから却下を求める。なお事実の点について、第一審原告が第一審被告楠本進との間にその主張のような買戻に関する契約を結んだことは認めるが、右契約は、その約旨からみても明らかなように、公売処分の有効であることを前提とするものであつて、公売処分が取り消された以上当然その効力を失つたものというべきのみならず、同第一審被告は、右契約の際公売物件全部を昭和二十六年四月四日までに現場に返却する旨約したにかかわらず、これを履行しないので、無効となつたものである。

(十一)  第一審被告寄田則隆が別紙物件目録(五)記載の建物を第一審被告楠本進から贈与を受けた事実はこれを否認する。

仮に右贈与の事実があつたとしても、右につき、登記を経由していないから、これをもつて第一審原告に対抗することができない。

(十二)  その他第一審被告らの主張事実中第一審原告の主張に反する部分は、すべてこれを否認しまたはこれを争う。

第二第一審被告らの主張

一、第一審被告楠本進、同阿部泰典の主張

(一)  第一審原告の主張事実中、(一)(三)の事実はこれを認める、その余の事実は争う。第一審被告楠本進は、真実別紙物件目録(一)(二)(三)記載の土地建物を第一審被告阿部泰典に譲渡したものであつて、仮装の譲渡ではない。

(二)  本件公売処分の取消処分は、取消の原因をかくが故に無効であつて、その有効なることを前提とする第一審原告の本訴請求は理由がない。

(三)  仮に右取消処分が有効であるとしても、元来公売は売主たる国と競落人との間の売買であるから、売主は競落人に対し競落代金を返還しない限り競落物件の返還を請求できない筋合であり、しかもその返還を請求しうべき売主は国であつて第一審原告ではない。

(四)  仮に右(三)の主張が理由がないとしても、第一審原告は、本件公売処分の取消前である昭和二十六年四月二日武蔵野税務署斎藤係長の立会の下に、第一審被告楠本進との間に、第一審原告は本件公売物件全部を代金七十六万円で買い戻すべく、同月十六日までにこれが代金を支払わないときは右買戻契約はその効力を失うものとし、第一審被告楠本進において右物件を引き取るも差支なく、これに対し第一審原告は何らの権利を主張しないこと、なお右契約に関し当事者間に不履行のあつたときは公売処分は取り消されるかも知れないが、この場合不履行の当事者は取消によつて生ずる結果について何らの要求をしないこと、なる趣旨の契約を締結したところ、約定の期日までに買戻代金の支払をなさなかつたので、その後において本件公売物件につき第一審被告楠本進のなした譲渡その他の処分行為に対し異議を申し立てることのできないのはもちろん、本件公売処分の取消のあつたことを理由として請求をなすことも許されない。

(五)  右の外、第一審被告東京都の(二)(三)(四)の主張を全部援用する。

二、第一審被告野崎容子の主張

(一)  第一審原告の主張事実中、(一)(三)の事実は認める。その余の事実は争う。

(二)  武蔵野税務署長のなした本件公売処分の取消処分は無効であつて、これにより本件公売物件の所有権が第一審原告に復帰することはない。その無効理由として、右取消処分は「公売執行の事前に談合せる事実判明」ということを取消の理由としているが、何ら具体的事実を挙示していないので、無効であると主張する外、第一審被告楠本進、同阿部泰典、同東京都、同寄田則隆の主張するところをすべて援用する。

(三)  仮に右取消処分が有効であるとしても、第一審被告野崎容子は右取消の事実を知らずして第一審原告主張の物件を第一審被告阿部泰典から買い受けたのであるから、第一審原告は、右取消の事実をもつて第一審被告野崎容子に対抗することはできぬ。およそ意思表示の取消はこれをもつて善意の第三者に対抗することのできぬことは、私法上の意思表示たると公法上の意思表示たるとを問わす、同様に解すべきである。

(四)  仮に右(三)の主張が理由なく、本件公売処分の取消処分により公売物件の所有権が第一審原告に復帰したとしても、右による物権変動の登記がまだなされていないのであるから、第一審原告は、右所有権復帰の事実をもつて直接の相手方である第一審被告楠本進に対抗しうることは格別、右公売物件を同第一審被告から買い受けた第一審被告阿部泰典からさらに買い受けた第一審被告野崎容子に対抗することはできぬ。なる程公売処分の取消処分は行政行為であり、右取消処分がさらにその後の適法なる行政行為により取り消されるまでは効力を有し、しかもその効力は当初にさかのぼるものということができるかも知れないが、国税徴収法に基く公売処分が税金その他の徴収金の徴収を目的とする行政処分であるとともに所有権移転の私法上の効果を生ずるものであることに着目するときは、右取消による所有権の復帰という物権変動の事実をもつて第三者に対抗するには登記を要するものというべく、このことは、国税徴収法第二十三条の三、不動産登記法第二十九条の規定の趣旨からもうかがいしられるであろう。

(五)  その他第一審被告楠本進、同阿部泰典の(三)(四)の主張並びに同寄田則隆の(三)の主張を利益に援用する。

三、第一審被告東京都の主張

(一)  第一審原告の主張事実中、(一)(三)の事実及び(五)の事実中第一審被告東京都が別紙物件目録(四)記載の土地を占有している事実は認めるが、右は不法に占有しているものでなく、その余の事実はすべて知らない。

(二)  本件公売処分の取消処分は無効であつて、これにより第一審原告主張のような効果を生ずることはない。すなわち、

(イ) 公売処分の法律的性質は、滞納者に対する関係においては公法的行為であり、公売物件の買受人に対する関係においては売買契約と異ならないのであつて、従つて公売処分の取消とはひつ竟落札人に対する売却決定(落札許可)なる私法的意思表示の取消の意味に外ならず、また公売処分の取消について法律上特別の規定もないのであるから、右意思表示に瑕疵のない限り取り消すことができず、取消の意思表示をなして無効である。しかして本件公売処分の取消は入札の際談合のあつたことを理由としているが、談合の事実は全くなかつたのであるから、右取消処分は無効である。

(ロ) 仮に公売処分の性質を行政処分と解すべきものとしても、本件公売処分の取消処分は、その取消理由たる談合の事実が全くなく、しかも既に本件公売物件の所有権移転登記まで行われて第三者に譲渡取引されうるような状態となつているにもかかわらず、公益上是非取り消さなければならないような理由なくして、名を談合にかり敢えてなされたものであつて、武蔵野税務署長の権限の不当なる濫用というの外なく、無効である。

(ハ) その他右取消処分の無効の理由として、第一審被告寄田則隆の(二)の主張を援用する。

(三)  仮に本件公売処分の取消処分が当然無効でないとしても、取消処分を受けた第一審被告楠本進は、昭和二十六年六月一日附書面をもつて武蔵野税務署長に対し、取消処分の取消を求めて再調査の請求をしたところ、同月十三日右請求を棄却する旨の決定があつたので、さらに同年七月十二日附書面をもつて東京国税局長に対し審査の請求をしたが、これに対する裁決はまだなされていないのであるから、右公売処分の取消処分は未確定の状態にある。従つて第一審原告が本件公売物件の所有権を回復すべき理由はない。

(四)  仮に右主張が理由なく、第一審原告が本件公売処分の取消により公売物件の所有権を回復したとしても、その登記名義人は依然として第一審被告楠本進の儘放置せられ、まだ第一審原告に回復せられていないのであるから、第一審原告は、その所有権回復をもつて本件取消処分後登記名義人から第一審原告主張の土地を買い受けた第一審被告東京都に対抗することができない。

(五)  その他第一審被告寄田則隆の(三)の主張を利益に援用する。

四、第一審被告寄田則隆の主張

(一)  第一審原告の主張事実中、(一)の事実並びに(五)の事実中第一審被告寄田則隆が第一原告主張の建物を現に占有していることは認めるが、不法に占有しているものでなく、その他の事実はすべて知らない。

同第一審被告は、第一審被告楠本進から右建物の贈与を受け所有権に基いてこれを占有しているのである。

(二)  国税徴収法には、税務署長が一旦なした公売処分をその裁量により取り消すことを認めた規定がない。およそ「財産権は、これを侵してはならない。」とは、憲法第二十九条の明定するところであつて、公売処分により一旦所有権の変動を生じた以上、税務署長がその裁量により右公売処分を取り消すことは、ひつ竟財産権を侵害するものに他ならないから、国税徴収法はかかる取消に関する規定を設けなかつたのである。すなわち、本件公売処分の取消処分は、法令に根拠せず、その取消理由とした談合の事実がないため、当然無効であるのみならず、憲法第二十九条に反する無効の処分である。その他本件取消処分の無効理由として第一審被告東京都の主張するところを全部援用する。

(三)  仮に右(二)の主張が理由がないとしても、第一審原告は、第一被告楠本進、同阿部泰典が(四)において主張するとおり、第一審被告楠本進との間に本件公売物件の買戻及びこれに附帯する契約を結んだので、右契約の効果として、今さら本件公売処分の取消のあつたことを理由として公売物件の帰属につき何らの主張をなすことができないのみならず、本来第一審原告は、自ら、取消の理由とせられた談合に加わつたと主張し、事実においても種々策動していたのであるから、右取消の効果を享受し得ないことは、当然の事理であるというべく、これに反し、第一審被告寄田則隆は、右取消の事実を知らずして第一審被告楠本進から、第一審原告主張の建物の贈与を受け、かつ別紙物件目録(六)記載の土地中宅地二十一坪四合四勺を買い受け、ここを生活の根拠として家族とともに居住しているのであるから、同第一審被告からこれを奪い去るが如きは由々しき大事であることを注目すべきである。〈立証省略〉

理由

(一)  第一審原告主張の(一)の事実は当事者間に争なく、(三)及び(五)の事実は、各関係第一審被告の各関係部分につき認めて争わないところである。

(二)  ところで、ひとしく公売処分の取消というも、有効に成立した公売処分について、その成立に瑕疵あることを理由としてその効力を失わしめるために行われるものもあれば、また当初から無効な公売処分について、その無効なることを宣言する趣旨においてなされる場合もある。本件において、第一審原告は、公売処分の取消処分によりさきに落札者に移転した公売物件の所有権は、当初にさかのぼり落札者に移転しなかつたことになり、第一審原告に復帰したと主張するに止まり、取消の対象となつた公売処分は本来当然無効のものであつたとは主張せず、また当事者間に争ない武蔵野税務署長が本件取消の理由とした談合の事実は、仮にかかる事実があつたとしても、場合により公売処分の取消原因となるに止まり、当然無効の原因となるものでないから、本件公売処分の取消処分は前の趣旨においてなされたものとなすべきである。しかして国税徴収法に基く公売処分は公法上の行為であり、従つてこれが取消処分も公法上の行為と目すべきところ、およそ行政処分は、それが当然無効である場合のほかは、いわゆる公定力を有し、それが後日適法に取り消されるまでは、有効に成立したものとしてその効力を持続するものであるから、本件公売処分の取消処分もまた、当然無効のものでない限り、たとい瑕疵ある行政行為であるとしてもその取消あるまでは、その効力を否定さるべき理由はないものといわなければならぬ。しかるに第一審被告らは、右取消処分を目して当然無効のものであるとなし、種々その無効原因を挙示しているので、以下これについて審究する。

(イ)  第一に第一審被告らは、国税徴収法上税務署長に公売処分の取消をなしうべきことを認めた規定なく、本件公売処分の取消処分は権限なき官庁によりなされたものであると主張する。(第一審被告寄田則隆の(二)の主張)なる程、瑕疵ある行政行為の取消は、正当な権限を有する行政庁または裁判所(右につき訴訟の提起のある場合に限ることもちろんである。)のみがこれをなしうるのであつて、権限のない官庁によつてなされた時は、当然無効であることは論をまたないところである。そして取消は、請求に基いてなす場合もあり、進んで職権によつてなす場合もあるが、前者は、行政行為に対し、争訟手続の認められる場合になされるものであつて、決定、裁決官庁または裁判所のみがこれをなし、後者は、行為者たる処分庁または時としてその監督官庁が取消の原因ありと認める場合になすものであつて、処分庁は、特別の禁止規定のない限りかかる権限を有するものと解するを相当とする。しかるに、国税徴収法第三十一条の二によれば、滞納処分に対して異議ある者は、税務署長に対し、再調査の請求をなしうべきこと、税務署長は、右請求に対し、これを却下または棄却し、または右請求の目的となつた処分の全部又は一部を取り消す決定をなす権限を有することが明らかであるのに対し、税務署長にそのなした公売処分を取り消すことを禁じた規定は、国税徴収法はもちろん、他の法令にも見当らないのであるから、税務署長は、そのなした公売処分に取消の原因ありと認めるときは、請求により、または職権をもつてこれを取り消す権限を有するものとなすべく、本件取消処分は、第一審原告の再調査の請求に基きなされたものであることは、当事者間に争ないところであるから、第一審被告らの右主張は理由がない。

(ロ)  次に、第一審被告らは、本件取消処分は、談合のあつたことを取消の理由としているが、談合の事実は全くなかつたのであるから、その取消の原因をかくものというべく、当然無効である、と主張する。(第一審被告楠本進同阿部泰典の(二)、同野崎容子の(二)、同東京都の(二)(イ)、同寄田則隆の(二)の主張)なる程、行政行為の取消は一定の取消原因のある場合になされるものであり、たとい取消権限ある官庁であつても、取消原因なくしてこれを取り消すことは、場合により行政行為の撤回としてその効力を認められる場合あるは格別、これをなしえないところであるが、本件取消処分は談合のあつたことを理由とするものであり、また原審証人牛田幾慶、稗田博、当審証人斎藤栄三の証言によれば、本件取消処分当時、必ずしも談合のなかつた事実が明瞭であつたのでなく、むしろその疑は多分にあつたことが明らかであるから、仮に右談合の事実が全くなく、武蔵野税務署長がその認定を誤つたものとしても、それは、右取消処分の取消原因となることは格別、これがため右取消処分の無効を来すことなく、武蔵野税務署長が本件公売処分につき取消原因なきことを知りながら、名を談合にかりて本件取消処分をなしたとなすは、いささか云いすぎであろう。よつて右第一審被告らの主張は理由がない。

(ハ)  第一審被告野崎容子は、本件取消処分は、その具体的取消理由を記載していないから無効である、と主張する。(同第一審被告(二)の主張)しかしながら、本件公売処分の取消理由としては、公売前談合のあつたことがかかげられているのであつて、これ以上談合の事実について具体的に表示することは必ずしも必要でないので、右第一審被告の主張は理由がない。

(ニ)  次に第一審被告らは、本件取消処分は、武蔵野税務署長の職権濫用行為であつて、当然無効である、という。(第一審被告東京都の(二)(ロ)の主張)しかしながら、本件取消処分が同税務署長が名を談合にかりてほしいままになしたものであるということのできないことは前認定のとおりであり、その他同署長の職権濫用行為であると認むべき証拠は一もないのであるから、右主張は採用の限りでない。

(ホ)  最後に、第一審被告らは、本件取消処分は憲法第二十九条に反する無効の処分である、と主張する。(第一審被告寄田則隆の(二)の主張)なる程、行政行為の取消は、その取消原因ある場合でも必ずしも自由でなく、その取消により、人民の既得の権利、利益を侵害する場合には、原則として取り消すことができないのであろうが、本件の場合、第一審被告楠本進は取消の対象となつた公売処分の直接の相手方であり、第一審被告阿部泰典、同野崎容子、同東京都、同寄田則隆は、いずれも本件取消処分後権利を取得したものであるから、本件取消によりその権利を侵害される者ということができず、もしそれ一旦第一審被告楠本進が本件公売処分により公売物件の所有権を取得した以上、最早公売を取り消すことができぬというならば、国税徴収法において公売処分に対する再調査、審査、及び訴訟を認めたことは意味をなさぬであろう。また本件公売処分の取消後、第一審被告楠本進の公売処分による取得登記をそのまま放置したため、その他の第一審被告らが不測の損害を被つたというならばそのことは別に考究すべき問題であつて、それがため、本件取消処分を憲法第二十九条に反する無効の処分であるということはできない。よつて右第一審被告らの主張は理由なしとして排斥する。

(ヘ)  以上の次第であつて、第一審被告らの本件公売処分の取消処分の無効理由として主張するところは一も理由なく、また他にこれを無効とすべき理由も見当らないのであるから、その効力を否定すべき理由なく、第一審被告東京都、同楠本進、同阿部泰典は、右取消処分はまだ確定していないのでその効力を生じない、と主張するけれども、(第一審被告東京都の(三)の主張)右取消処分がその後取り消されたことは、右第一審被告らの毫も主張立証しないところであるから、依然有効のものとしてその効力を持続するものというべく、右第一審被告らの主張は理由がない。

(三)  されば、別紙物件目録記載(一)(二)(三)の土地建物につきなされた公売処分は、その取消処分により、既往にさかのぼつて公売処分なかりしと同じ状態に復せしめられ、従つて右公売処分により第一審被告楠本進に帰属した右土地建物の所有権は元の所有者である第一審原告に復帰したものというべく、第一審被告野崎容子は、第一審原告は右取消の事実をもつて善意の第三者である同第一審被告に対抗することができない、と主張するけれども、(同第一審被告(三)の主張)取消の効果は絶対的であつて、これによつて生じた物権変動の事実を対抗しうるや否は別として、取消の事実自体はこれをもつてすべての人に対抗しうるものというべく、右第一審被告野崎容子の主張は理由がない。

(四)  しかしながら、右取消によつて生じた物権変動の事実をもつて登記上利害関係ある第三者に対抗しうるや否は別に考察することを相当とする。すなわち、

国税徴収法に基く公売処分は、公法上の行為ではあるけれども、その効果として公売物件の所有権の移転を生ずる点において私法上の売買と類似するものというべく、さればこそ、不動産登記法第二十九条は、公売処分による不動産所有権の取得登記について規定し、しかも右登記の嘱託は職権によつてなさず必ず登記権利者の請求によつてなすべき旨規定したのであつて、公売処分による不動産所有権の取得者は、この登記をなさない限り、その取得をもつて第三者に対抗することができないものといわなければならぬ。そして、公売処分の取消による物権の変動は、その取消が当初にさかのぼり公売処分がなかつたと同じ状態に復せしめるためになされるものではあるが、公売処分の当然無効の場合と異り、ともかくも取消あるまでは公売処分は有効に成立していたのであるから、その態様は公売処分による取得者から元所有者に移転する場合とひとしく、その登記名義を回復しない限り、これをもつて登記上利害関係ある第三者に対抗することができないものと解するを相当とする。第一審原告は、行政行為の取消の効果が原則として既往にさかのぼることと、登記名義を回復することが事実上困難であることを理由として右見解に反対するが、(第一審原告(八)の主張)所論は、取消の効果を対抗することによつて既成の法律秩序を破壊し、取引の安全を害することは法の趣旨とするところでないことを忘れた議論であり、また登記名義を回復することが事実上困難であるという理由だけでは、到底首肯することができず、採用に値いしない。しかして第一審原告が本件公売処分の取消処分のあつた後、右取消による登記名義の回復をしていないことは、その主張自体によつて明らかであるので、第一審原告は、右取消の効果をもつて直接の相手方である第一審被告楠本進に対抗することのできるのは格別、右取消処分後本件公売物件につき権利を取得しその登記を経た第一審被告阿部泰典、同野崎容子、同東京都に対し右取消による公売物件の所有権復帰の事実をもつて対抗することができぬものというべきである。

(五)  第一審原告は、第一審被告楠本進と同阿部泰典との間に行われた本件公売物件の売買は虚偽仮装のものであり、第一審被告阿部泰典、同野崎容子、同東京都、同寄田則隆は、いずれも第一審被告楠本進の承継者と目すべきものであるから、取消の効果をもつて登記なくとも第一審被告楠本進に対抗しうる以上、その余の第一審被告に対しても登記なくとも対抗しうると主張するが、(第一審原告(八)の主張)仮装の売買であることを認めうべき証拠なく、また公売処分による所有権の取得が承継取得であるからといつて、登記の対批力の関係まで云為することは許されぬところであるから、右主張は採用しない。

(六)  従つて第一審被告阿部泰典、同野崎容子、同東京都に対する第一審原告の本訴請求は、その余の争点につき判断するまでもなく失当として棄却すべきである。

(七)  次に第一審被告楠本進に対する請求の当否について判断する。

(イ)  同第一審被告は、本件公売処分の直接の当事者である買受人であるから、その公売処分の取消処分により一旦取得した公売物件の所有権を喪失し公売なかりしと同じ状態に復帰したことはいうまでもなく、従つて別紙物件目録(一)(二)(三)記載の土地建物につきなされた公売処分による所有権取得登記はその登記原因をかく無効の登記であり、またその後になされた分割登記は所有者でない者のなした登記であるから、無効であるといわねばならぬ。

(ロ)  ところで同第一審被告は、右無効登記の抹消を請求しうべき者は国であつて第一審原告ではない、と主張する。(第一審原告楠本進の(三)の主張)なる程公売処分及びその取消処分をなしたのは国の機関である税務官庁であるが、そのことは、第一審原告が所有権に基き無効登記の抹消義務者に対しその抹消手続をなすことを求めることを妨げるものではないから、同第一審被告の右主張は理由がない。

(ハ)  次に同第一審被告は、まだ公売代金の返還がなされてないから、第一審原告の本訴請求は不当であるという。(同(三)の主張)しかしながら、公売処分の取消処分の効果は公売代金の返還と関わりなく生ずるものであつて、公売代金の返還は本件登記抹消請求と先給付の関係もなく、同時履行の関係にも立たないものであるから、右主張もまた理由がない。

(ニ)  次に同第一審被告は、昭和二十六年四月二日同第一審被告と第一審原告との間に締結せられた契約を根拠として第一審原告の本訴請求は失当である、と主張する。(同第一審被告(四)の主張)そして、右当事者間にかかる契約(但しなお以下を除く)の結ばれたことは第一審原告の認めるところであるが、右契約は約旨により明らかなように本件公売処分の効力の存続を前提とするものであるから、右公売処分の取消のあつた時当然その効力を失つたものというべく、なお右取消の場合第一審原告がこれによる権利の行使をなさない旨約した事実はこれを認むべき証拠がない。

(ホ)  されば、第一審被告楠本進は、第一審原告に対しその請求にかかる抹消登記手続をなすべき義務あるものというべく、別紙物件目録(三)記載の建物が既に取り毀たれて現存しないことは第一審原告の自認するところであるけれども、それだからといつて第一審原告はこれが滅失登記をなすべき義務あるものであるから、これがため同第一審被告の登記抹消義務が消滅すべきいわれなく、また右目録(一)(三)の土地建物については、同第一審被告は現在の登記名義人でないことは明らかであるけれども、第一審原告が他の利害関係人の承諾またはこれに代る裁判を得られないため、結局において登記の回復をすることのできない場合のあることは格別、それがため同第一審被告に対しその抹消義務ある登記の抹消を求めることを妨げるものでないから、この点に関する第一審原告の本訴請求は全部正当として認容すべきである。

(ヘ)  また同第一審被告が現に別紙物件目録(二)の建物を占有していることは同第一審被告の否認するところであるけれども、同第一審被告が本件公売処分により一旦右建物の引渡を受けたことは同第一審被告の明らかに争わないところであり、しかもその後その占有を他人に移転したことは同第一審被告の主張立証しないところであるから、依然同第一審被告の占有にあるものと推認するを相当とすべく、もつともそのうち末尾記載の石造平家建便所一棟建坪五坪二合五勺(別紙物件目録(五)記載の建物)は現在第一審被告寄田則隆において占有していることは第一審原告の主張するところであるけれども、占有は必ずしも直接占有に限るべきいわれなく、建物使用者の直接占有とその建物の所有者の所有権に基く間接占有と重複することもありうるのであるから、右第一審被告寄田則隆の便所占有の事実は必ずしも右便所に対する第一審被告楠本進の占有の事実を否定する根拠となすことができぬものといわなければならぬ。しかして第一審被告楠本進は、本件公売処分の取消処分により、右(二)の建物に対する所有権を失つたのであつて、また他に正当な占有権原あることは同第一審被告の毫も主張立証しないところであるから、その占有は不法であるというの外なく、同第一審被告に対し所有権に基きその明渡を求める第一審原告の本訴請求は正当として認容すべきである。

(八)  次に第一審被告寄田則隆に対する第一審原告の請求の当否につき判断する。

(イ)  同第一審被告は、第一審被告楠本進から別紙物件目録(五)記載の建物の贈与を受け、所有権に基いてこれを占有している旨主張するが、仮に右贈与の事実があつたとしても、右につき登記を経由していないのであるから、右事実をもつて第一審原告に対抗することができず、他に第一審原告に対抗しうべき正当の権原あることは同第一審被告の毫も主張立証しないところであるから、その占有は不法であるというの外なく、第一審原告は、たとい登記名義の回復をせずともその所有権の復帰をもつて同第一審被告に対抗することができるものといわなければならぬ。

(ロ)  次に同第一審被告は、第一審被告楠本進、同阿部泰典の(四)の主張を援用し、また第一審原告は、取消の理由となつた談合に関与した者であるから、その取消の効果を享受することができず、またその取消の効果を同第一審被告に及ぼすことは、善意の第三者である同第一審被告の生活の安定をおびやかすものであつて許さるべきでない、と主張するが、(同第一審被告(三)の主張)右(四)の主張の理由のないことはさきに説示したとおりであり、その余の主張もまた、行政処分の取消の効果に条件をつけ、またはこれを制限するものであつて、しかも人によつてこれを異にするものであるから、行政処分の本質にもどるものというべく、到底採用することができぬ。

(ハ)  よつて同第一審被告に対する第一審原告の本訴請求は全部正当として認容すべきである。

(九)  以上の次第であつて、第一審被告楠本進、同東京都、同寄田則隆に対する第一審原告の本訴請求につき右と同趣旨に出た原判決は相当であつて、第一審原告、第一審被告楠本進、同寄田則隆の各控訴はいずれも理由なく、棄却すべきであるが、第一審被告阿部泰典、同野崎容子に対する第一審原告の本訴請求を認容した原判決は不当であつて右第一審被告らの控訴は理由があり、原判決は到底取消を免れることができない。よつて民事訴訟法第三百八十四条、第三百八十六条、第九十五条、第九十六条、第八十九条、第九十三条を適用して主文のとおり判決した。

(裁判官 大江保直 草間英一 猪俣幸一)

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